第二回オフ会レポート 大阪編

 エスカレーターは左側を開ける。串揚げのソース二度づけは死刑。話には必ずオチをつけなくてはいけない。

 東京モンが語る大阪のイメージだ。そして決まって、

 「文化が違うんだよ」

 と口を揃える。

 「大阪は外国だから」

 と言うものまでいる。眉につばをつけたくなる情報もあるが、やはり東京とは大なり小なり違いはあるのだろう。

 この夏、そんな大阪にてGOMIのオフ会が開かれた。夏風邪をこじらせた1objectを東京に残し、僕は単身、彼の地に赴いた。

 

 新大阪の改札を出るとすぐにエリスが迎えてくれた。

 大阪の地に足を着けるのは初めてだ。日本の外国とまで言われる地である。大阪ビギナーの僕には右も左もわからない。言葉も通じるのか不安であった。

 こんなときに頼れるのは何か。

 大阪を知り尽くし、舐めまわし、しゃぶり倒した船頭役が必要だ。

 それは誰か。まーきゅんしかいない。

 歩く大阪ウィキペディア。iphoneと呼ばれる未来の携帯端末を使いこなし、自家用セダンで縦横無尽に大阪市内を駆け巡る――

 ここまで頼れる船頭はそういない。彼のまたの名は浪速のイケメンである。

 

 エリスと二人、まーきゅんの車に乗り込んだ。

 「神、何が食べたいですか?」

 まーきゅんに訊かれ、僕は、

 「お好み焼き食べたい」

 まーきゅんのシナプスはすぐに目的地を探し当てたのか「食べたい」の「い」を言い終わるか、終わらないうちに車を走らせていた。

 

 ドラえもんのポケットには未来の道具が入っている。浪速のイケメンのポケットには何が入っているのか。iphoneである

 お好み焼き屋の前まで来たとき、まだ開店前であることがわかった。だが、まーきゅんは慌てない。

 華麗にズボンのポケットからiphoneを取り出すと、指一本で端末を操作しはじめた。

 こういったときどうすべきなのか。おとなしく開店を待つのが懸命なのか、あるいは別の店に移動するのがよいのか。

 まーきゅんの脳神経が、iphoneの情報端末と結び合わさり、最善の答えがはじき出される。結果、開店するまで、適当にぶらぶらするのが良いということがわかった。

 まーきゅんがiphoneで情報を収集し、的確な判断を下さなかったら、僕とエリスは大阪で遭難していたことだろう。

 浪速のイケメンにはiphoneがよく似合う。


 本場のお好み焼きに舌鼓を打った後、まーきゅんに連れられ、大阪城に行くことになった。

 夏の大阪城は蝉が鳴き、木々の葉が生い茂り、空はどこまでも高く、青かった。そして広い城内を歩くまーきゅんの姿は、まるで城主である。

 「余の城じゃ。苦しゅうないぞ」

 と言い出してもおかしくはない。何か粗相があれば、

 「ええい、頭が高いわ!」

 と一太刀で斬られても文句は言えない。そんな貫禄があった。

 浪速のイケメンにとって大阪城は庭なのだ。


 通天閣のメインは展望台ではない。その足元にある。

 大阪城を出た後、ボスケテと合流。四人となったGOMI一行は、まーきゅんの運転する車に乗り通天閣に向かった。大阪いうたら通天閣や、というノリだ。

 通天閣の足元まで来て、いざ上まで行こうとしたら一時間待ちと書いてあった。

 待とうか、どうしようか、と思案したが、「待つほどのものではない」という冷静な判断が二秒で下され、満場一致で可決された。あまり大きな声では言えないが、まーきゅんが言うには「のぼってもショボい」らしい。

 通天閣の足元一帯には串揚げ屋が並んでいる。おそらく「大阪串揚げ総連合」とかいう組織があって、その総本山が通天閣周辺なのではないだろうか。

 通天閣に上ることを断念したGOMI一行は、大阪いうたら通天閣や、というノリから大阪いうたら串揚げや、というノリにシフトしていた。

 

 豚、うずら、チーチク、生姜、からしれんこん・・・・。

 遠慮なんていらない。食べられるものになら、何でも串をぶっ刺し、衣をつけて揚げる。それが串揚げだ。

 ソースにじゃぶんと浸して食べる。二度づけはご法度だ。かつてソースの二度づけは、市中引き回しの上、打ち首になったらしい(ウソです)。

 気になったのは、生のキャベツが出されたことだ。生キャベツは適当な大きさにちぎってあった。

 京都ではぶぶ漬けが出されたら帰らなければならない、という伝統があるが、大阪ではぶぶ漬けの代わりに生キャベツなのだろうか。

 そんなことを考えていると、まーきゅんがキャベツをソースにつけてパリパリ食べ始めた。僕も真似してパリパリ。エリスもボスケテもパリパリ。

 よくわからないが、串揚げ屋に入るとキャベツがサービスされるようだ。

 串揚げ屋では飲んで食べた。全部まーきゅんの奢りだった。

 浪速のイケメンは身も心も太っ腹である。

 

 この日は一日まーきゅんのお世話になった。移動はまーきゅんが運転する車だったし、食事はすべてまーきゅんの奢りだった。

 最後は宿泊先のビジネスホテルまで、まーきゅんが送ってくれた。

 車から降りるとき、僕は手を振った。

 「まーきゅん、ありがとう」

 浪速のイケメンは夜の大阪に去っていった。


*京都編につづく・・・・


オフ会レポートその3

*その2のつづきです

  「senzry様、千鳥足になってますよ」
 ホルモン屋を出た後、エリスに言われました。
 「酔ってない、酔ってない」
 と自分では言っていましたが、ふらつく足元、ろれつが回らない舌、私は酔っ払っていました。アルコールの力を借りて、ホルモン屋で私はそこそこ話をすることができましたが、その代価にアルコールに支配されてしまったのです。
 
 東京タワーの上。
 膝が床に落ちました。私は自分が酔っ払っていることを自覚しました。が、酔っ払ったことをエリスとパンサーさんに悟られたくない、この時そう思いました。とにかく急いで酔いを醒まさなくてはいけない。
 「水を持って来い!」
 1objectにそう怒鳴っていました。
  展望台の上、いよいよ自立歩行ができなくなってしまった私は、自販機の前にあるベンチに崩れるように腰を下ろしました。1objectが500mlペットボトルの水を差し出します。水をぐびぐび飲みながら、横に座る1objectにくだを巻きました。エリスとパンサーさんの二人は、夜景を眺めています。
 私は1objectに同じ話を繰り返していたように思いますが、どんなことを話したのかあまり覚えていません。後日、1objectに訊いたところ
 「俺、がんばってんじゃん、がんばってんじゃん」
 と言っていたそうです。一体、何をどうがんばったのかわかりませんが、がんばっていたそうです。
  私が記憶しているのは、空になった500mlペットボトルをくしゃくしゃに潰しながら、泣いている自分です。酔ってしまったことが情けなかったのか。秋葉原で黙っていたことを悪いと思ったのか。いずれにしても酒の所為で、あふれる涙を自分ではどうすることもできませんでした。

 酔っ払った後の記憶はあやふやなのですが、完全に忘れたわけではありません。記憶の点と点を結んでいけば、確かに酔って泣いたり怒鳴ったりする私がいるのです。その日一緒だった、エリスとパンサーさん、ついでに1objectには嫌な思いをさせたり、困らせたりしてしまいました。
 酔ったことだけではありません。急に黙り込んでしまったこともあります。私が都心の方に不慣れなため、エリスといるときに無駄に歩いてしまうこともありました。何か気を遣わせてしまったこともあったと思います。
 私の瑕疵を数えれば星の数を持ってしても足りず、自分で気が付かないものも含めれば海辺の砂粒を数えるほうが、まだたやすいかもしれません。
 ただ「ごめん」の一言が言えればいいのですが、それをうまく言えない私は、こうして長い詫び状を書くのです。

*あとがき
 たいつが出てこないのは、この日彼はインフルエンザで寝込んでいたからです。たいつに会うことも楽しみにしていたので、残念だったのですが、次の次の日に会うことが出来ました。
 彼曰く「タミフル飲んだらインフル治った」そうなので、また皆で集まりました。たいつがゲホゲホ咳き込んでいたのが、多少気になりましたが。
  パンサーさんが来てから、黙ってしまったというようなことを書きましたが、それはその時だけのことで、しかもまったくもって私の一人相撲です。私とパンサーさんとの間に何か確執があるだとか、いつかの小川直也と橋本真也のように抗争しているだとか、そういったことは一切ありません。誤解がないように念のため書いておきます。
 私が酔った次の日にエリスとコミケに行ったことなんかも書こうかと思いましたが、書いているうちに長くなってしまったので割愛しました。
  遅筆な私ですが、書こうとすれば取り止めもなくだらだらと書いてしまうので、この辺りで筆をおきます。最後に、東京まで来てくれたエリス、横浜から来てくれたパンサーさん、インフルエンザになりながらも来てくれたたいつ、それと帰りのタクシー代を出してくれた1objectに感謝を捧げたいと思います。ありがとうございました。

オフ会レポートその2

*その1のつづきです

 その日の晩。東京タワーの上。
 エリス、1object、パンサーさんと私の四人で、一番高い展望台から東京の夜景を眺めていました。
 タワーの下に目を移すと、客待ちをしているタクシーが見えます。200何メートルかの上空から見ると、タクシーは子供のおもちゃほどの大きさです。展望台から手を伸ばせば、子供がおもちゃの車を手にとるように、タクシーを掴むことができるのではないか、という不思議な感覚がありました。
 それが怖かったのかもしれません。下に落っこちてしまえば、人かトマトか見分けがつかなくなってしまう高さです。
 タクシーを掴もうとしてはいけない。掴んだら落ちてしまう・・・・・・。
 私はうまく立っていることができず、膝ががくんと床に落ちました。しかし、それは高さの所為ではなく、酒の所為でした――

 私は貝になっていました。夕方頃に秋葉原でパンサーさんと合流した辺りからです。
 朝、東京駅でエリスと落ち合い、喫茶店で一服。その後エリスと小金井へ。ここで1objectと合流し、三人に。午前中は小金井を散策。昼は神田でラーメンをすする。ラーメンの後は再び東京駅に戻り、皇居まで歩く。皇居観光を適当なところで終わらせ、パンサーさんと合流するために秋葉原へ。
 ここまでは良かったのです。エリスと1objectの会話に相槌を打ったり、軽い冗談を飛ばしたりしていました。
 時刻は昼下がり。秋葉原の電気街口でパンサーさんを待ちながら
 「パンサーさんは背が高い」
 「パンサーさんはイケメン」
 「パンサーさんはモナコ王子」
 三人でパンサーさんについての想像を膨らませていました。三人ともパンサーさんに会うのは初めてでしたが、ハンサムな好青年であるという点で概ね一致しています。
 パンサーさんから連絡が入りました。秋葉原に到着したようです。
 師走の雑踏の中、会った事がない人と落ち合うのはたやすいことではありません。携帯で連絡をすると、すでに近くにいるようですが、なかなか見つけられませんでした。
 パンサーさんはどこにいるのか。私は、あそこから来るかもしれない、こっちから来るかもしれない、と首をくるくる回していました。
 私が改札口のほうに首を向けていると、後ろで声が聞こえました。振り返ると、エリスが背の高いハンサムな好青年と話しています。その青年がパンサーさんでした。
 確かにパンサーさんは想像通りで、昔の言葉で言えば二枚目、今の言葉で言えばイケメンの好青年でした。
 パンサーさんと比べると自分は・・・・・。
 私は急に自分がピエロのように思えてきて、パンサーさんに簡単な挨拶をした後は言葉が続かなくなりました。そこから貝になったのです。 

 何に使うのかよくわからない基盤が、ショウケースに並べられている店を背に、私は立っていました。他の三人は向かいのゲーム店で、何かを見ながら話しています。
 道路の真ん中に腕時計が落ちていました。誰かが拾うだろうか。私は落ちている腕時計を見つめました。車が通りましたが、腕時計は無事でした。私以外は誰も腕時計が落ちていることに気が付かないのか、何かの目的に向かって歩いています。
 秋葉原では、他の三人がおもしろそうな店を冷やかしに入っている間、私は外でぼうっと風に吹かれていました。
 この時のことを1objectに訊くと「ずっと黙っていて、変だった」そうです。

 私が黙っていようがいまいが、日は落ちていきます。日が落ちてくれば、腹は減ります。
 そろそろ予約しておいたホルモン屋に行く時間になりました。予約した店は東京駅周辺にあります。私達は秋葉原から東京駅へ向かいました。
 東京駅に向かう電車の中で、1objectに
 「もう少し話せよ」
 と言われました。ずっと黙っているのがよくないことだとは自分でもわかっています。
 東京駅に着き、八重洲中央口に向かいました。目指すホルモン屋がその周辺にあるからです。
 ホルモン屋に着いてから、先客の席がまだ空いていなかったのか、中に入るまで少し外で待たされました。待っている間、私は暖をとるために置いてあった火鉢に手をかざしていました。
 私が一人だけずっと黙っていたらエリスやパンサーさんに悪いんじゃないか。もう少し話したほうがいいんじゃないか。その為には酒が入ったほうがいいんじゃないか。
 火鉢に手をかざしながら、私は酒を飲もうと決めました。

・・・・つづく

オフ会レポートその1

 年が明け新年を迎えました。西暦で言えば2009年から2010年になりましたが、新しくなったのはカレンダーだけで、去年までのことは忘れたくない出来事も消し去りたい瑕疵も、そのまま私の頭に残っています。

 昨年末、東京にてGOMIのオフ会を行いました。エリスが年末のコミケに合わせて東京に来ることになったので、それじゃ一緒にご飯でも食べようかという話から今回のオフ会は決まりました。
 私がGOMIを始めた頃は、何の活動予定もなくIRCで連絡を取り合うということすらなかったので、オフ会を行うとは思ってもいないことでした。それがいつ頃からでしょうか。エリスやたいつと話す内に、いつか会う日が来るのではないかと思うようになりました。
 いつか来ると思っていた日、その日の朝早く、私は東京駅で待つエリスに会うために「中央線上り快速東京行き」に乗りました。
 東京行きの電車にゆられながら、私は車窓に映る半透明の自分をぼんやり眺めていました。
 外の景色と重なって映るラクダ色のコートを着た男は、エリスがイメージする私なのだろうか。エリスの想像と現実にここにいる私とはどれほどの差があるのだろう。もし私がエレファント・マンならどう思われるのか。
 そんなことを考えている内に新宿、四ツ谷、御茶ノ水・・・・・・・気が付けば神田を過ぎ東京に着くころでした。
 
 東京駅に着きエリスに電話をかけると、八重洲北口で待っているとのことなので、そこに向かいました。
 東京駅というのはギリシア神話によれば、牛人ミノタウロスを閉じ込めるために大工ダイダロスが建造したという迷宮なので、地方から上京された方でなくとも迷うのは当たり前という構造になっています。
 しかし、ここで迷ってしまえば東京駅を彷徨う亡霊となってしまうので、八重洲北口を示す矢印を頼りに迷宮を進んでいきました。
 八重洲北口にたどり着くと、柱の前にそれらしき人が立っています。
 エリスに会うのは初めてですが、写真は見た事があるので、おぼろげながら風貌は掴んでいました。あそこにいるのがエリスのような気がする、だけど違うかもしれない。
 そう思いながら近付いてみると目と目が合いました。一瞬そらして辺りを見回しましたが、他にそれらしき人はいません。また目が合います。確認のため携帯を鳴らそうかとコートのポケットに手を入れましたが、なんだかそれは間抜けなので思い切って声を掛けました。
 「エリス?」
 「senzry様ですか」
 Dr.マンハッタンが言うところの熱力学的奇跡か、あるいは単なる偶然の積み重ねかはわかりませんが、こうしてエリスと会うことができました。
 
 まずは適当なところで落ち着いて何か食べることにしたのですが、時間が時間なだけにまだ店が開いていません。
 私があの辺の店はやってそうとか、あそこに行ってみようとか言って歩き回ってしまった為に駅の外にある喫茶店に落ち着くまでにずいぶんと歩いてしまいました。
 財布くらいしか持っていない私はいいのですが、重い旅の荷物を持ったまま歩くエリスにはつらかったのではないかと思います。もっと私がしゃきしゃきしていればと反省していますが、その後のことに比べれば、これはまだ小さい失敗かもしれません。

・・・・つづく

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